広島簡易裁判所 昭和42年(ろ)96号 判決 1969年9月06日
被告人 槙原繁基 外五名
主文
被告人全部の刑を免除する。
理由
(罪となるべき事実)
第一、被告人槙原繁基は、昭和四二年二月七日午後八時前後頃広島市宇品町地内において、別紙記載のとおり、日本電信電話公社広島南電話局長他一名管理の電柱に、その管理者の許可がないのに、約三七センチメートル及び約二六センチメートル大のザラ紙に、別紙記載の内容をマジックインクで記載したはり札合計一〇枚をのりではりつけ、
第二 被告人森下博之、同品川忠之は共謀のうえ、昭和四一年一〇月一四日午後七時四〇分頃広島市上八丁堀三番三号高橋茂樹方前において、同人ら八名共同管理の電柱(防犯街路灯)にその管理者の許可がないのに、「公共料金、独占価格のつりあげ、物価値上反対、国、県、市資本家負担による低家賃住宅を大量に建設せよ、日本共産党徳毛宣策」及び「原爆ドームの永久保存をたたかいとろう、費用の四千万円は国、県、市が負担せよ、日本共産党徳毛宣策」と各印刷された、よこ約一八センチメートルたて約五二センチメートル大のはり札各一枚計二枚をのりではりつけ、
第三、被告人濱崎克己同寺岡達也は共謀のうえ、昭和四一年一〇月一四日午後七時四三分頃広島市上八丁堀一番六号広島家庭裁判所前において、中国電力株式会社広島営業所長管理の電柱(三川幹三号)に、その管理者の許可がないのに、「貧困者、生活保護世帯、母子世帯、心身障害者、被爆者などに生活、医療老令保障を完全実施せよ、日本共産党徳毛宣策」と印刷された、よこ約一八センチメートルたて約五二センチメートル大のはり札合計三枚をのりではりつけ、
第四、被告人小倉茂は、昭和四一年一一月二五日午後八時一〇分頃、広島市吉島本町八一四番地松坂薬局前において、中国電力株式会社広島営業所長管理の電柱(南吉島支一一次一―二)に、その管理者の許可がないのに「日本共産党時局演説会、ベトナム侵略反対、小選挙区制粉砕、佐藤内閣打倒、国会解散、党中央委員広島県委員長徳毛宣策、とき、ところ11月27日午後7時吉島会館」などと印刷されたたて約五二・二センチメートルよこ約三八・八センチメートル大のはり札一枚を画びようではりつけ、
もつて、他人の工作物にみだりにはり札をしたものである。
(証拠の標目)(略)
(被告人、弁護人の主張に対する判断)
被告人、弁護人は、本件公訴の適法性を争うと共に被告人等の行為の正当性を種々主張しているので、左にその主要な争点につき、当裁判所の判断を述べる。
一、弁護人等は、本件起訴は、軽犯罪法第四条の真意に反したもので、公訴権を濫用し、軽犯罪法違反に仮装された政治的弾圧に外ならぬから無効である旨主張するけれども、
軽犯罪法第四条の制定の経緯並びにその意義については、昭和四二年一一月二四日東京高等裁判所判決において判示しているとおりで、当裁判所も右見解に従うところである。即ち、「戦前本法の前身とも見るべき警察犯処罰令中一部の規定が、違警罪即決例による手続と相まつて大衆運動弾圧のため濫用された実情に鑑み、本法が公正に運用されるように設けられた規定であつて、捜査当局及び裁判所が本法を適用するに当つては、本法違反の実体が極めて軽微なものであるうえ、各違反行為が日常生活において兎角犯され易いものであるとの見地から、これに対する取締や処罰が人権を不当に侵害しないよう、また労働運動その他大衆運動の阻止その他別件捜査など他の目的に濫用され、国民の日常生活における卑近な道徳律を維持しようとする本法本来の目的を逸脱しないように戒めた注意規定であつて、本法違反事件処理に当つての訓示規定であると解すべきである。」従つて、軽犯罪法に定めている各違反行為が成立するには、当該違反行為所定の構成要件を充足すれば足り、第四条により違反行為の成立を左右するものではないと云わねばならない。故に、軽犯罪法第一条第三三号前段に違反する行為が、労働運動ないし社会運動としてなされた場合には、第四条により一切右条文は適用されないという主張は肯認し難い。
次に、本件検挙及び起訴が、第四条に違反しているか否かについては、前掲証人竹中四郎(中略)の各証言からして、ビラ貼りはその行為者の判明しない場合が多く検挙が頗る困難であるところ、本件はいずれも、警察官により偶然ビラ貼り行為を現認されたものであり、軽犯罪法違反に名を藉り他の目的のために検挙したものでないことが認定できるし、その検挙は理由のないことではない。又現行刑事訴訟法上、起訴不起訴の決定は原則として検察官の専権に属し、刑事訴訟法第二四八条所定の事情その他諸般の事情を勘案して検察官は適正妥当な決定を行う建前になつて居り、本件が起訴されるに至つたことは、軽犯罪法本来の目的を逸脱して、例えば共産党弾圧というような他の目的のために濫用したものと断定するには証拠不充分であり、又本件が簡易裁判所の事件であるのに、広島地方検察庁の公安検察官が公判審理に立会つたことも、検察庁法第五条、第六条、第一二条並びに検察官一体の原則からしても違法不当であるとは云えないから、弁護人等の右主張は採用し難い。
二、弁護人等は、本件ビラ貼り行為は軽犯罪法第一条第三三号前段の構成要件に該当しない。即ち、
(1) 同条の「みだりに」とは、ビラ貼付の度数、形態、枚数との関係で判断されるべきで「程度がひどい場合」はじめて「みだりに」と云える。又此の用語は「正当の理由なしに」との意味も含まれているが、本件被告人等の行為は政治活動と云う正当な理由があり、いずれも「みだりに」と云う要件に該当しない。又電柱と云う「工作物」の社会的存在理由からして、これに一枚乃至数枚のビラ貼りをしても「みだりに」とは云えない。
(2) 軽犯罪法第一条第三三号の保護法益を所有権管理権とすれば、財産犯罪に属し、器物毀棄罪の系列に入るものと考えられる。そうすると、侵害の態様程度について、主張立証を要し、これなくしては構成要件を充足したものとして、犯罪の成立を認定することはできない。
(3) 本件ビラ貼りは、政治活動であり、憲法第一九条、第二一条、第二八条、軽犯罪法第四条と矛盾しないように、軽犯罪法第一条第三三号を解釈するとせば、同条の「はり札」の中には「政治ビラ」「政治的ビラ」は含まれないと解しなければならない。
(4) 被告人等には「許可を得てからやらなければ犯罪になる」との認識なく、主観的違法要素を欠く。
三、さらに被告人等の行為は政治的活動の一環であり、軽犯罪法第一条第三三号に形式的に該当するとしても、憲法を頂点とする法規範秩序において、最下位に位する軽犯罪法規範をもつて、最上位に位する基本的人権を制約侵害することは許されないのであるから、超法規的違法阻却事由があり、被告人等の行為は社会的に正当な行為であり、実質的違法性を欠くものである。
よつて、無罪である旨主張する。
しかしながら、
軽犯罪法第一条第三三号前段に、「みだりに他人の工作物にはり札をする」というのは、他人の占有する電柱その他の工作物に、その他人の承諾を得ることなく、かつ社会通念上正当な理由ありと認められないのに、はり札をすることと解され、「みだりに」とは「他人の承諾を得ないで」という意味で、「みだりに」という言葉自体行為の違法性を表現しているものに外ならないと解される。本件の場合、被告人等が電柱(防犯街路灯を含む)の管理者の承諾を得ないでビラを貼つたことは、被告人等すべてこれを自認しているところであり、前掲証人山田学、同阿武重治の証言を綜合すれば、日本電信電話公社としては電柱にビラを貼ることは許可して居らず、又下請会社たる株式会社中国広告通信社では、電柱に無断でビラ貼りをされることは迷惑であり、むしろ営業権の侵害ともいうべきで、常時要員一名を置き更にアルバイトを頼んだりして、ビラを剥して歩くなどして居り、又道路管理者からも国土の美化、交通事故防止のため、電柱をきれいにすることに協力を求められ、それらの為に相当の費用を支出している位で、ビラ貼りの厳重な取締を要望していることが認められる。従つて、本件ビラ貼り行為は社会通念上正当な理由あるものとはいい難く、みだりにはり札をしたものといわなければならない。
弁護人等は、本件ビラ貼りは、政治活動としてなされたものであるから、正当の理由ありと主張するが、電柱その他の工作物の占有管理者は、公共の福祉に反しない限り自由な態様でこれを支配維持することができる憲法上の自由を有するもので、本件ビラ貼りは、この自由を侵害するものというべく、所論は認め難い。
次に、軽犯罪法第一条第三三号前段に定める罪は、ただ他人の占有する工作物に、みだりにはり札をすることによつて充足されるもので、その保護法益は直接的には個人の財産権であるが、軽犯罪法が卑近な道徳律違反でその違法性侵害性の軽微なものを処罰の対象としていることから、必しも刑法の財産犯と罪質を同じくするとは限らず、構成要件上単純行為犯、形式犯であり、実質犯侵害犯ではないから、弁護人等主張の如く特別に侵害の結果の発生を必要としないものと解する(東京高等裁判所昭和四二年一一月二四日判決参照)。
憲法第一九条、第二一条が保障している思想及び表現の自由といえども、絶対無制限のものではなく、公共の福祉に反することを許されないことは、最高裁判所大法廷判例の示すところである。従つて、憲法の認める表現の自由は、政治活動であると否とを問わず又仮令その目的、内容が正当かつ妥当のものであろうとも、憲法第一二条、第一三条からして濫用が禁止せられ、絶対無制限のものではなく、公共の福祉に反することは許されないのであるから、軽犯罪法第一条第三三号前段の「はり札」の中には「政治ビラ」「政治的ビラ」は含まれないとする弁護人等の主張は肯認できない。
被告人等はいずれも、他人の占有管理している電柱に対し、その他人の承諾なくして、はり札をしたことは、自認しているのであるから、犯罪構成事実の認識予見あることは明らかであり、又自然犯たると行政犯たるとを問わず、犯意の成立には、違法の認識を必要としない(最高裁判所昭和二五年一一月三〇日判決参照)のであるから、本件は弁護人等主張の如く主観的違法要素を欠くものでないこと明らかである。
本件ビラ貼り行為は、政治活動の一環をなすものであつて、社会的に相当な行為であり、正当な行為であるから、刑法第三五条により違法性を阻却するとの主張は、これを認めることはできない。
又マスコミが支配階級の道具と化した現在においては、いまやビラ貼り活動のみが、真実を国民に知らせる唯一とも云うべき手段となつたとの主張もこれを認めることはできないし、右主張事実を前提として違法又は責任阻却を主張することは理由がない。
又電柱は、電線を支えるためにのみ設けられた工作物であるから、これを害しない限り、古くから国民にビラを貼付する媒介物として利用されて来たもので、電柱管理者の許可を受けなければならないという社会通念もないから、本件ビラ貼り行為は社会的に正当な行為であるとの主張も、結局無断で電柱を利用することが社会通念上容認されているというに帰し、独自の見解で採用できない。
更に又被告人等の行為は、正当な目的の下に前述の如く世上一般の慣行により電柱に一枚乃至数枚のビラ貼りをしたに過ぎないから、かりに電柱の所有権管理権を僅かに侵害したに過ぎないとしても、かかる軽微な法益侵害があつたとしても、被告人等の前記目的を達成しようとする表現の自由に比すれば殆どとるに足らないと云うものの如くであるが、軽犯罪法は、前述の如く卑近な道徳法違反の行為に対し、軽微な処罰を科することにより秩序を維持することを目的として居るものであり、本件における「はり札」なる表現の自由と違和、衝突を生ずる場合、その間に合理的調整を図る必要は憲法自体がこれを予定している。従つて、軽犯罪法第一条第三三号前段の規定は、憲法第二一条を含む憲法全体の統一的理念に反するとは認められない。よつて、弁護人等の右主張は採用し難い。
(刑の量定)
本件当時広島市内において街路の電柱等に種々雑多なビラ類が貼られていたことは、弁護人提出の写真によつても容易にこれを推認できるところであり、かかる実情のなかで、当時被告人等のビラ貼り行為のみが取り上げられて訴追されるに至つたことは、現行犯逮捕によるにもせよ、被告人等としては不公平な処分を受けたと感じ、ビラ貼り行為の取締に仮託してビラに表現された思想を目標とする取締を受けたと憶測することも、あながち無理からぬものがあるといわなければならない。被告人等にはこれまで特段の前科もなく、本件犯行が私利を目的とするものでなく、単に法を誤解した結果にすぎないものと認められることなどをも併せ考えると、被告人等に対しては将来を戒めることで足り、敢えて刑に科する必要はないと判断される。
(法令の適用)
罰条 被告人全部に対し
軽犯罪法第一条第三三号前段
共犯 被告人森下博之、同品川忠之、同濱崎克己、同寺岡達也に対してのみ刑法第六〇条。
刑の免除 被告人全部に対し
軽犯罪法第二条。
よつて、主文のとおり判決する。
別紙
番号
工作物の所在名称
管理者
はり札の内容
枚数
一
宇品町七丁目三一三宇品学園附近電柱(電通幹八分岐)
日本電信電話公社広島南電話局長
議員歳費をさげて議員をふやせ、日本共産党米沢進、榎木茂高
一
二
同町住吉通り六丁目三二七、ケイ喫茶店附近電柱(中電港幹八)
中国電力株式会社広島営業所長
議員を地方自治法どおりにふやせ、地方自治を守ろう、日本共産党米沢進、榎木茂高
一
三
同町住吉通り六丁目三二七、難波政治方西横電柱(法雲寺(二)幹線八号分岐)
一に同じ
二月八日からの市会へ傍聴に行こう、日本共産党米沢進、榎木茂高
二に同じ
一
一
四
同町住吉通り六丁目三二七、武者光人冀方前附近電柱(港連終支三分一)
一及び二に同じ
一に同じ
三
五
同町住吉通り六丁目三二七、長谷川四一方附近電柱(春日二幹四号右支二号分一)(港連終支三分二)
一及び二に同じ
一に同じ
二
六
同町御幸通り六丁目三二七、富岡登美子方附近電柱(符号なし港幹一二の支柱)
二に同じ
一に同じ
一